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函館地方裁判所 昭和29年(ワ)345号 判決

原告 工藤力義 外一名

被告 工藤力雄

主文

被告は原告に対し別紙〈省略〉目録記載の不動産を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告において金四万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

被告において金六万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)はもと原告等の父訴外工藤亀松の所有であつて、同人が占有していたものであるが、訴外亀松は昭和二十四年十二月二十七日死亡し、原告等がその相続人として本件不動産の所有権を取得した。被告は原告等の伯父であるが訴外亀松が死亡するや、原告等の財産を管理するためと称し強引にも原告等が当時居住していた別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を占拠し、原告等所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地という)および数筆の農地を無断耕作して現在に至りその間原告等の返還請求に応じないので、被告に対し本件不動産の明渡を求めるため、本訴におよんだと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として、原告キヨヱの請求はこれを却下する、訴訟費用は原告キヨヱの負担とする、との判決を求め、その理由として、原告キヨヱは昭和二十四年十二月二十三日頃東京都大田区雪ケ谷町九番地小沢福次郎方に転居し、現在迄引続き同所に住居を有するから、原告キヨヱの本件住所は適式を欠き、当事者の同一性を欠く。また後見人米田米蔵は原告キヨヱが肩書住居に居住するように偽り、函館家庭裁判所をして選任させたものであり、正当な後見人ではない。と述べ、

本案につき、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等両名の連帯負担とする、との判決を求め、請求原因に対する答弁として、本件不動産がもと原告等の父訴外工藤亀松の所有で、同訴外人が占有していたが、同訴外人が昭和二十四年十二月二十七日死亡し、原告等がその相続人として本件不動産の所有権を取得したこと、被告が原告等の伯父であること被告が本件建物に居住し、本件土地を耕作していることは認めるが、その余の事実は否認する、原告等は訴外亀松が死亡するや、昭和二十四年十二月二十三日頃祖母トヨを棄てて東京に転居したので、被告は訴外亀松からの信頼もあり、また親族等の懇請もあつたので、右トヨの面倒をみ、かつ訴外亀松の遺産を管理するため、昭和二十五年一月から本件建物に居住するようになつたものであつて、不法に占拠したものではない。次に本件土地については訴外亀松が病気で耕作できなかつたので、原告等の祖父であり、訴外亀松および被告の父である訴外力松の要請で、昭和十九年以来被告が耕作してきたものであつて、被告は本件土地について正当な耕作権を有する。また原告キヨヱは不在地主であり、原告力義には耕作能力がないから本件土地の返還を求める原告等の請求は失当である、と答えた。〈立証省略〉

理由

一、本案前の抗弁について考えるに原告キヨヱ法定代理人米田米蔵および原告力義本人尋問の結果によれば、原告キヨヱが昭和二十五年一月以来東京都に居住する伯母小沢ヱシ方に事実上居住しているが原告キヨヱの住民登録が肩書地でなされている関係で訴状に肩書地を住所として表示したことが認められるが、訴状記載の住所は当事者の同一性を確定する一要素に過ぎず、当事者間の同一性は訴状の全趣旨から客観的に判断されるべきものであるところ訴状記載の原告キヨヱは工藤亀松の子で、米田米蔵の被後見人である工藤キヨヱを指示するものであることは訴状の全趣旨によつて明らかであるから仮に、原告キヨヱの住所が被告主張のとおりであるとしても、それだけで原告キヨヱの本訴をもつて不適法とはなし得ない。

次に原告キヨヱの本件訴は原告キヨヱが未成年であつたところからその後見人である米田米蔵によつて提起されたことは記録上明白であり、米田米蔵が昭和二十八年十二月十二日原告キヨヱの後見人に就職したことは記録添付の戸籍謄本によつて認められるから米田米蔵が原告キヨヱの後見人選任を函館家庭裁判所に申立てた当時原告キヨヱの住所が東京都にあつたとすれば審判事件の管轄は東京家庭裁判所であり、米田米蔵が函館家庭裁判所によつて原告キヨヱの後見に選任されたことは家事審判規則第八十二条に規定する管轄の規定に違背していることになるが、家事審判規則第四条によれば、家庭裁判所は事件を処理するため特に必要であると認めるときは管轄に属しない事件をみづから処理することとなつている点から考えても家事審判事件における管轄の規定はそれほど重要な意味を持つものとはいえないのであつて、本来管轄のない家庭裁判所がなした後見人の選任であつても当然無効とはいえずかかる後見人であつても一旦家庭裁判所によつて選任された以上、それが取消されない以上正当な後見人であるから、後見人米田米蔵が原告キヨヱの法定代理人として提起した本訴は適法である。従つて被告の本案前の抗弁はすべて理由がない。

二、本件不動産がもと原告等の父訴外工藤亀松の所有であつて同訴外人が占有していたこと、同訴外人が昭和二十四年十二月二十七日死亡し、原告等がその相続人として本件不動産の所有権を取得したこと、被告が原告等の伯父であること、被告が本件建物に居住し、本件土地を耕作占有していることは当事者間に争いがない。

三、よつて被告に本件不動産を占有する正当権限があるかどうかについて検討するに証人工藤徳松の証言および証人山本ハルの証言原告力義本人尋問の結果、原告キヨヱ法定代理人米田米蔵本人尋問の結果の各一部によれば訴外亀松が死亡した当時原告等は未成年者であつたので、亀松および被告の母で原告等の祖母にあたる工藤イトと、亀松および被告の父力松の弟である工藤徳松が相談の上被告をして原告等の面倒をみさせることにし、被告が本件建物に移り、本件土地の耕作をするようになり、原告力義は被告の家族の一員として生活し被告の耕作している本件土地その他の耕作にも従事し、原告キヨヱは東京都に居住する伯母小沢ヱシ方において扶養されていたことが認められ、右認定に反する証人山本ハルの証言、原告力義本人尋問の結果、原告キヨヱ法定代理人米田米蔵本人尋問の結果の一部は信用しない。右認定事実によれば被告は法律上何等の権利義務なくして原告等の養育および原告等の財産の管理をしていたのであるから、法律上事務管理をしていたものと認めるのが相当である。(被告のしてきた行為は本来後見人がなすべきものであつたし、本件不動産の使用を被告にさせるというがごときことも本来原告等の後見人がなすべきことであつて訴外イトや徳松にかゝることを決定する権限はない。)しかして事務管理者は本人又はその法定代理人が事務管理の継続に反対の意思を表明した以上以後事務管理を継続し得ないのであるから、原告力義が既に成年に達し、原告キヨヱに後見人が選任され、これらの者が本訴を提起し本件不動産の返還を求めている以上、被告は右返還を拒否する権利はないといわなければならない。

四、被告は昭和十九年以来訴外亀松および前記力松の要請により本件土地を耕作していたから本件土地について正当な耕作権を有すると主張する(被告の右主張は使用貸借関係の存在を主張するものと解せられる)が、被告が訴外亀松の要請により昭和十九年以来本件土地を耕作していたことを認めるに足る証拠はなく、被告が本件土地を耕作するようになつたのは前記認定のように亀松死亡後、イトや徳松の相談の結果であると認められるが、右イトや徳松にかゝることを定める権限はなく被告の右耕作は事務管理として行つていたものと認めるべきこと前記認定のとおりであり、原告等がその返還を求める以上、これを拒否する権限のないことは前記のとおりであるから、被告の右主張は理由がない。

又被告は原告キヨヱは不在地主であり、原告力義は耕作能力がないから本件土地の返還を求め得ないと主張するが原告力義が耕作能力を有することは証人工藤徳松の証言および原告力義本人尋問の結果によつて明らかであり前記認定の全事実によれば必ずしも本件土地が農地法第六条第一項の所有できない小作地に該当するものと即断することができない(同法第七条第一項第四号の農地と認定される可能性は充分ある)ばかりでなく、所有者に対し何等対抗できる権限なく農地を耕作している場合に、右所有者がいわゆる不在主であるというだけで、直ちに所有権に基く返還請求を違法とすべき根拠もないから被告の主張は理由がない。

五、よつて、被告に対し本件不動産の明渡を求める原告等の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言および仮執行の免脱について同法第百九十六条第一、二項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

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